
友達からのメールの
一杯のかそばの話に
当たり前のことと納得。
蕎麦屋さんにかけそばを
3人で一杯を分けて食べに行くくらいなら
家でなら3人分が作れるという話。

一人分のカレーのルーが二人分のカレーうどんに。
このお話が流行ったころ
私も同じことを考えていましたが
あの話は蕎麦屋さんの優しさを
伝えたかっただけなんだ
と結論付けていました。
友のメールは
価値観についての話なのですが

山水は整備された水路にと広がっていきます。この水が四方八方にと流れ棚田を潤しますがその流れの調整は農家の方々が交代で水の管理をされています。
一杯の水とダイヤでは
どちらに価値があるかという内容で
答はダイヤってこと。
安全な日本では水は豊かにあり
隣近所に一杯の水を下さいと言えば
飲ませてくれる国。
砂漠の国でならその価値は水だけど
自分がサハラ砂漠にいるという
余計な想定をするから
水に価値があると思ってしまうのは
余計な心配事を自分で作り出していると。
(もちろん水にも価値があることに間違いはない)

私が生まれ育った田舎の下田町なんと世界遺産に登録されていますこの場所を私たちは「がんど」と言って水遊びした川です。
島津斉彬がこの場所っから疎水をひき工業に役立てました。
このメールは今のコロナ問題にも
通じると思いました。
家から出ない、マスク、手洗いをする
三密を避ける、これだけを守ればいい
余計な心配事を増やしたり
自分から危険な場面を作って
落ち込む必要なないと。
一杯の水とダイヤとどちらに価値があるか
って問われれば答えは「水」と言わなければ
正しくないとの先入観が人間には
遺伝として組み込まれているとのことも書いてあり
それを自分に変えていかなければと。

河南町の大きな水源となり